柳野隆生 > ノスクマードベンチャー塾 > 塾活動記録 2011年 第2回(2月)のテーマ
「軍艦エルトゥールル号救難事件」 〜トルコと日本 絆の歴史から学ぶ〜
「軍艦エルトゥールル号救難事件」〜トルコと日本 絆の歴史から学ぶ〜
2011年3月11日午後2時46分、観測史上最大マグニチュード9.0の巨大地震が東日本を襲い、世界中を震撼させた。各国の反応は様々であるが、多くの国が支援の手を差しのべてくれている。
例えばトルコは、震災の翌日には救援のための特別対策本部を立ち上げ、トルコ赤新月社から必要な援助を調査するための専門家を日本に派遣するなど、いち早く支援に乗り出した。また、トルコ航空は、特別支援運賃を設定して代金の一部を義援金として寄付することを発表している。1999年のトルコ大地震の際、日本からも緊急援助隊の派遣や緊急物資・無償援助などの支援が行われたが、今回の震災に対してトルコ政府による救助隊派遣や救援物資提供のみにとどまらず、出来る限りの支援を尽くしてくれるトルコの方々の暖かい心には、深謝とともに深い感銘を受ける。
トルコと日本の助け合いの関係は実は深いものがあり、「トルコ航空によるイラン在住日本人救出事件」、更に100年遡るところの「エルトゥールル号救難事件」がある。
「トルコ航空によるイラン在住日本人救出事件」は、イラン・イラク戦争さなかの1985年、イランにとり残された多くの日本人を、トルコが特別機を派遣して救出した事件である。当時、イラク政権は「48時間後以降、イランの上空を航行する航空機を無差別に撃墜する。」と発表し、現地日本人を救出するには一刻を争う状況だった。日本の航空会社は、現地が危険であるという社内の激しい反発にあって航空機を飛ばすことが出来ずにいた。この状況を受けてトルコ政府は、自国民脱出のための航空機を2機、日本人のためだけの特別機に変更し、自国民に危険な陸路での脱出を余儀なくさせてまで、多くの日本人を無事救出してくれたのである。なぜ、トルコが ―――。その背景には、100年余にわたる日本とトルコの深い絆の歴史があった。 |
トルコと日本の交流は、1873年に岩倉使節団の一員が調査のため、イスタンブールを訪れたことから始まる。そして、1887年に小松宮殿下がイスタンブールを訪問され、その答礼として1889年、トルコ軍艦エルトゥールル号が日本に派遣された。が、不幸にもエルトゥールル号は帰途、台風に遭い沈没―――500名を越える兵士が命を落とした。当時、遭難現場の串本町大島では、漁民たちによる必死の救出活動が行なわれた。そして、その献身的な労により69名の尊い命が救われたのである。また、当時の明治政府も、遺族への義援金を募集したり、生存者を2隻の軍艦でイスタンブールへ送るなど手厚い対応で応えた。
この「エルトゥールル号救難事件」は、トルコの小学校の社会科の教科書にも載せられ、100年以上経過した現在まですべてのトルコの人々の間で語り継がれている。イランでの日本人救出事件で危険を顧みず、日本人に救いの手を差しのべてくれたのも、このエルトゥールル号事件が根源として人々の心にあったからであろう。
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イランでは当時、日本人の数を遥かに上まわる多くのトルコ人が残されていた。にもかかわらず、何の安全の保証もない国に、日本人のためだけに飛行機を提供する―――果たして同じような行動を日本人は、また他の国の国民はとれたであろうかと考えると、当時のトルコの人々、トルコ政府の行動は偉大であり、深く胸を打つものである。同時に、このつい25年前の出来事をほとんどの日本人が知らない、或いは感謝の念もなく忘れ去っているという現状は、日本人として非常に残念な思いである。人と人との助け合いの心、人から受けた恩を決して忘れない心、我々が社会で仕事をしていく上でも非常に重要な、もう一度立ち返らなければならない原点であり、我々日本人や日本の国家が見失いかけている大切な心が、この歴史の中にはある。
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いま、日本は国の浮沈を懸けた戦後最大の危機を迎えている。これをどう受け止め、どう立ち向かい、どう乗り越えていくべきか ――― 日本政府、そして国民一人一人に問われている。被災地の復旧・復興、原発問題の早期解決を最優先に進めるべきは当然のことながら、地域インフラの復元のみならず、以前から過疎化・高齢化が進んでいた被災地の経済について、いかに再興していくのか政府・地域が一体となって取り組んでいかねばならないだろう。財政問題や社会保障制度の問題など多くの課題を国が抱えるなか、今回の震災はこれらの課題解決をもさらに難しくしたといえる。またエネルギー政策や危機管理体制など、見直すべき新たな課題もみえてきている。こうした課題に然るべき対処をしていかなければ、日本は成長を続けるアジアの中で更に立ち遅れてゆくだろう。国際的信頼を取り戻すためにも、いまこそ政府が強いリーダーシップ力を発揮し、必要な改革を行ない、日本を目指すべき方向へと導くことが求められる。また、この危機を乗り越える上で、世界への迅速な情報発信はもとより、各国と国際的に協調・協力してゆくことも不可欠である。トルコとの交流の中でみた、受けた恩に報い、これから受ける恩に感謝をする、それを伝え続けて歴史を紡いでゆくという助け合いの心、姿勢を今こそ我々は見つめ直し、大切にしていかなければならない。
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最後に、このたびの勉強会を行なうにあたって貴重な資料を御提供いただいたトルコ共和国大使館、串本町役場の方々に衷心から御礼を申し上げたい。
使用参考文献
・「海の翼」秋月達郎(新人物文庫)
・各種新聞記事
・エルトゥールル号事件資料(和歌山県串本町役場提供)
・トルコ共和国の小学校社会科教科書[エルトゥールル号事件記載部](トルコ共和国大使館提供)
次回の柳野塾の活動記録は5月頃アップ予定です。