「写真測量サービスシステム」事件
知財高裁平成19年11月13日判決
(平成18年(行ケ)第10502号審決取消請求事件)
1.事実の概要
2.特許庁の審決での判断(取消事由1に関する部分)
3.原告の主張(取消事由1)
4.被告の反論(取消事由1に対し)
5.当裁判所の判断(取消事由1について)
6.考察
原告は「写真測量サービスシステム」の発明について出願し(特願2000−381509号)、平成15年11月14日、拒絶査定を受けたので、拒絶査定不服審判を請求した (不服2003−24656号事件)。特許庁は,平成18年9月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(拒絶審決)をした。そこで、原告が特許庁長官(被告) に対し当該審決の取消しを求める訴訟を提起したのが本件裁判であり、請求は認容された。 原告の主張は、本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り(取消事由1),相違点(ロ)の容易想到性の判断の誤り(取消事由2),手続違背(取消事由3)の3つであり、 取消事由1が認められ、取消事由2、3について判断することなく、認容判決が為された。 以下、取消事由1の「本願発明と引用発明との一致点の認定」に絞って、特許庁の審決での判断、原告の主張、被告の反論、当裁判所の判断を順に紹介する。
(本願発明の認定)
『・・・平成18年8月18日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、・・・以下のとおりのものである。 【請求項1】 顧客端末(8)と写真測量サービス業者の解析用コンピュータとが通信回線網により接続され、写真測量サービス業者の解析用コンピュータは、複数の測点 (2−1、2−2、・・・2−n)を有する測量対象(4)を複数の地点から非測定用の市販のデジタル・カメラ(6)で焦点固定にて、顧客自身が撮影して得た複数枚の画像情報及び 前記画像情報の中で長さが既知の被写体から得られた長さの情報とを、前記撮影した顧客の顧客端末(8)から通信回線網(10)を介して受信する画像情報受信手段(12)と、 前記受信した複数枚の画像情報及び前記長さ情報から、カメラのレンズの歪みを補正して、各隣接する撮影地点から撮影した画像間において双方の画像内に存在する各測点の視差の違い から各測点の3次元座標値を示す数値情報、及び隣接する各測点の3次元座標値で構成される面の方向を示す情報とを演算処理により算出する解析処理手段(14)と、算出された 前記3次元座標値を示す数値情報、及び前記面の方向を示す情報から図化処理を行う図化処理手段(18)と、図化された図化情報を、前記撮影した顧客の顧客端末(8)に 通信回線網(10)を介して送信する解析結果送信手段(16)と、を有する、ことを特徴とする写真測量サービスシステム。 』
(引用発明の認定)
『 当審の拒絶の理由に引用され、本願の出願前の平成9年4月10日に頒布された刊行物である「解析写真測量 改訂版」(発行:(社)日本写真測量学会・解析写真測量委員会、 発行所:(社)日本写真測量学会)(以下、「引用例1」という。)には、図面とともに次の事項が記載されている。(1)「本章では,共線条件を基本とする単写真標定の方法に ついてのべられる。単写真標定とは,一枚の写真の中に写された3点以上の基準点になりたつ共線条件を用いて,写真を撮影したカメラの位置(X0,Y0,Z0)およびカメラの傾き (ω,φ,κ)を求め,写真座標系xyと地上座標系XYZの間の関係を確立することである。」(第46頁第2〜4行)(2)「外部標定要素が求められると,写真座標xyと 地上座標XYZとの射影関係が確立される。従って,立体写真を構成する2枚以上の写真をそれぞれ単写真標定すれば,対応する立体写真の1組の写真座標を与え,その点の3次元座標 が算定可能となる。」(第47頁第3〜5行)(3)「(4.2)式および(4.5)式は,画面距離および主点の位置が正確で,レンズディストーションがなく,フィルム面も平面に 保たれている測定用カメラに適用される共線条件の基本式である。このように完全な測定用カメラでない場合には,(4.2)式または(4.5)式の写真座標xおよびyからつぎの補 正量Δx,Δyをそれぞれ差し引かなければならない。」(第49頁第14〜17行)・・・ 以上より、引用例1には、「一枚の写真の中に写された3点以上の基準点になりたつ共線 条件を用いて、写真座標系と地上座標系の間の関係を確立し、立体写真を構成する2枚以上の写真を用いることにより、対応する立体写真の1組の写真座標をもつ点の3次元座標を算定 する写真測量技術において、完全な測定用カメラでない場合には、測定用カメラに適用される共線条件の基本式により求められる写真座標xおよびyから、補正量Δx、Δyをそれぞれ 差し引きして、レンズディストーションを補正する写真測量技術」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。 』
(本願発明と引用発明との一致点の認定)
『 本願発明1(以下、「前者」という。)と引用発明(以下、「後者」という。)とを対比すると、後者の「一枚の写真の中に写された3点以上の基準点」は、共線条件を設定する ために測量対象に設けられた撮影対象点であるから、前者の「複数の測点」に相当する。また、後者では、「立体写真を構成する2枚以上の写真を用いることにより、対応する 立体写真の1組の写真座標をもつ点の3次元座標を算定」しているところ、「立体写真を構成」するためには、撮影対象を複数の地点から撮影して「2枚以上の写真」を得ることが 必要であり、立体写真測量の原理に基づき、当該複数地点からの複数枚の撮影画像の立体視差を利用して3次元座標を数値として算定するものである。よって、両者は、「測量対象を 複数の地点から撮影して得た複数枚の画像情報」により、「各隣接する撮影地点から撮影した画像間において双方の画像内に存在する各測点の視差の違いから各測点の3次元座標値を 示す数値情報を演算処理により算出する解析処理手段」を有する「写真測量システム」である点で共通する。さらに、後者では、「完全な測定用カメラでない場合」には、 レンズディストーションを補正しているから、後者のカメラは、「非測定用のカメラ」である点で前者のカメラと共通し、前者と後者とは、「カメラのレンズの歪みを補正」する点 でも共通する。 以上より、前者と後者とは、「複数の測点を有する測量対象を複数の地点から非測定用のカメラで撮影して得た複数枚の画像情報から、カメラのレンズの歪みを補正して、各隣接する 撮影地点から撮影した画像間において双方の画像内に存在する各測点の視差の違いから各測点の3次元座標値を示す数値情報を演算処理により算出する解析処理手段を有することを 特徴とする写真測量システム。」という点で一致し』
『 (1) 引用発明が,解析写真測量を行うための抽象的な概念又は手法そのものを示したものであるのに対し,本願発明は,かかる抽象的な概念又は手法を進化,発展させ, 実際の現場で「測定対象の変位量の測定」や「変状する法面の挙動監視」等を継続的に行う「システム」として使用することができるように開発されたものである。したがって, 引用発明の「基準点」が,計測上の抽象的概念であるのに対し,本願発明の「測点」は,計測上の抽象的概念である基準点を具体化したもの,すなわち,その構成に工夫を凝らして 製作した上,工夫を凝らして現場に設置した具体的な「設置物(治具)」である(なお,本願発明の「測点」は,写真画像上においてよく認識することができるように,あるいは, 自動的に認識することができるようにしたものである。)。
(2) また,引用発明の「基準点」が,決して動かない,又は動いては意味をなさない基準となる「点」であるのに対し,本願発明の「測点」は,その後の地盤の動き等を計測する 「測点」であり,その動きが知りたいものであって,動くことを前提として設けているものである。
(3) 被告は,本願発明と引用発明が,測定原理を共通にするものである旨主張する。確かに,本願発明は,引用発明の基本的手法や基本原則を利用するものであり,本願発明に おいても「基準点」は必要であるが,本願発明における「測点」は「基準点」ではなく,計測しなければならない「点」である。すなわち,本願発明においては,「基準点」の 地上座標をあらかじめ明確にした上で,複数の「測点」を現場に設置し,当該「測点」の3次元座標を算定,計測していくものである(したがって,「測点」の地上座標は, あらかじめ計測しておく必要はなく,大まかな初期値をコンピュータ端末に入力すれば,繰り返し計算を行うことにより,正しい値が得られるものである。)。にもかかわらず, 審決は,本願発明における上記「基準点」と「測点」とを混同している。
(4) 以上のとおり,引用発明の「基準点」と本願発明の「測点」とは,その構成を異にするものであるから,本願発明と引用発明の一致点に係る審決の上記認定は,誤りである。 』
『 (1) 本願発明と引用発明は,複数地点からの複数枚の撮影画像の立体視差を利用して3次元座標を算定するという共通の測定原理に基づくものであり, 「投影関係式から求められる共線条件式」に基づいて3次元座標を算出するという点でも共通するものである。
(2) 本願発明の要旨には,「3次元座標値を示す数値情報」,「面の方向を示す情報」及び「図化情報」が「測量対象の変位量の測定」や「変状する法面の挙動監視」を継続的に 行うためのものであるとの規定はなく,本願明細書の記載によっても,そのように解釈することはできない。また,本願発明の要旨からは,「複数の測点」が「測量対象(4)」上に あることは読み取れるものの,治具として設けたものであるなどの限定は一切なく,具体的に構成された設置物であるとの規定もないばかりか,本願明細書の記載によっても, そのように解釈することはできない。
(3) 以上のとおり,本願発明と引用発明は,測定原理を共通にするものであるから,引用発明が抽象的概念又は手法そのものを示したものであって本願発明とは異なるとの原告の 主張は採用されるべきではないし,また,本願発明が実際の現場で「測量対象の変位量の測定」や「変状する法面の挙動監視」を継続的に行うシステムであるとの原告の主張及び 本願発明の「測点」が具体的に構成された設置物である点で引用発明の「基準点」とは異なるとの原告の主張は,いずれも,本願発明の要旨に基づかないものであり,かつ, 本願明細書の記載にも根拠を有しないものである。 』
『 (1) 本願発明の「測点」及び引用発明の「基準点」の意義について
ア(ア) 本件補正後の請求項1の記載によれば,本願発明の「測点」とは,「顧客自身がデジタル・カメラで撮影した測量対象上にある点」であって,これらの各「点」の
「3次元座標値を示す数値情報」(図化処理に用いられる情報の1つである。)を演算処理により算出する際,当該算出のために必要とされる原情報の1つである
「複数枚の画像情報」に写っているもの(各隣接する撮影地点から撮影した画像間において,双方の画像内に存在するこれらの「点」の視差の違いから,
「3次元座標値を示す数値情報」が算出される。)であるといえ,それ以上に上記「測点」を特定する規定は,本件補正後の請求項1の記載中にはない。以上によれば,
「測点」は,顧客が撮影した「測量対象」に存在する点というにとどまり,その技術的意義は必ずしも明確とはいい難い。そこで,以下,発明の詳細な説明の記載を参酌して
その技術的意義について検討する。
(イ) 発明の詳細な説明中にある「測点」に関する主な記載は,以下のとおりである。
a「・・・顧客は図5に示される写真測量サービス業者の見積用ホームページ42にアクセスし,該ホームページ42上で写真枚数,測点数(計測点数),出力フォーマット, 希望納期,データの送受方法などを選択・入力する。」(段落【0021】)
b「顧客は前記の電子メールに記載された撮影方法や留意点に従い,解析を依頼する測量対象について,複数枚のデジタル写真を測量対象が存在する現場で撮影する。 すなわち,図7に示されるように,顧客は,先ず現地において測量対象に対して測点(測量点)を設置する(ステップ100)。この場合,後の画像処理で測点を自動抽出するために 測点にランドマークを設置することも,特にターゲットを設置せずに解析時に測点を手作業などで抽出することも,可能である。また,顧客は測量対象について,各測点の3次元座標が 必要な場合には,撮影画像中に長さが既知の被写体を含ませ,長さ情報とすればよい。」(段落【0023】)
c「・・・前記の解析対象のデジタル写真画像が添付された電子メールをインターネットを介して受信した写真測量サービス業者は,解析用コンピュータにより測量対象の 3次元位置解析等を行う。」(段落【0025】)
d「・・・解析用端末のオペレータはコンピュータが複数の条件式を作成して演算処理するための未知数などの諸条件,すなわち,画像枚数,測点数,基準点数,長さ情報数・・・ などを入力する。」(段落【0028】)
e「次にオペレータは測量対象が存在する3次元空間において基準となる点,すなわち基準点の座標を入力する(ステップ114)。基準点は顧客が特定の測点を指定すること等 により決定される。」(段落【0029】)
(ウ) 以上の各記載によれば,測点は,顧客が,測量対象がある現地において,測量対象内から位置及び数を任意に選んだ点であって,その3次元座標値は未知である。これに対し,
測量対象である3次元空間における位置関係を示す基準となる基準点があって,その座標値は既知のものとして解析装置に入力されるということができる。なお,この基準点は
顧客が特定の測点から選ぶことが可能であるとの前項eの記載からみて,この座標値の入手方法については発明の詳細な説明には明示的に記載されてはいないものの,顧客が
提供するものと推認される。
これらからすると,「測点」は,原則として,測量対象内にある座標値が未知の点であって,顧客が測量対象を的確に把握するために必要と考える点を意味するものと理解することが
できる。
(エ) 原告は,引用発明の「基準点」が計測上の抽象的概念であるのに対し,本願発明の「測点」は計測上の抽象的概念である基準点を具体化したもの,すなわち,現場に設置された
具体的な「設置物(治具)」であるとか,また,引用発明の「基準点」が決して動かない,又は動いては意味をなさない基準となる「点」であるのに対し,本願発明の「測点」は
その後の地盤の動き等を計測する「測点」であり,その動きが知りたいものであって,動くことを前提として設けているものであるなどと主張する。しかしながら,本願明細書の
記載を精査しても,原告の上記各主張を裏付ける記載はないから,これらの主張は,いずれも明細書の記載に基づかないものとして失当である。
イ (ア) 引用発明の「基準点」に関し,引用例1には,次の各記載が存在する。「第4章単写真標定 本章では,共線条件を基本とする単写真標定の方法についてのべられる。
単写真標定とは,一枚の写真の中に写された3点以上の基準点になりたつ共線条件を用いて,写真を撮影したカメラの位置(]0,Y0,Z0)およびカメラの傾き(w,j,k)を求め,
写真座標系xyと地上座標系XYZの間の関係を確立することである。」(46頁1〜5行)
「4.1単写真評定の問題 4.1.1単写真標定の目的 ・・・。単写真標定は,つぎのような目的を有している。
(1)単写真を用いた測定・・・(2)空間後方交会 3次元の地上座標が測定されている基準点と,対応する写真座標を用いて,撮影されたカメラの位置とカメラの傾きを求める。
このように,与えられた基準点から,逆に測定器(この場合カメラになる)の位置および傾きを求めることを空間後方交会という。空間後方交会は,基準点が多数配置される地上写真
や傾め空中写真などに応用される。空間後方交会で求められるカメラの位置(]0,Y0,Z0)およびカメラの傾き(w,j,k)は,外部標定要素とよばれる。外部標定要素を
求めるには,3点以上の基準点が必要である。外部標定要素が求められると,写真座標xyと地上座標XYZとの射影関係が確立される。従って,立体写真を構成する2枚以上の写真を
それぞれ単写真標定すれば,対応する立体写真の1組の写真座標を与え,その点の3次元座標が算定可能となる。」(46頁13行〜47頁5行)
(イ) 上記(ア)の各記載によれば,引用発明の「基準点」は,1枚の写真に写された3個以上の「点」であって,既にその3次元の地上座標値が測定されており,写真座標xyと 3次元座標XYZとの射影関係を確立するために必要であり,これにより,立体写真を構成する2枚以上の写真に写された特定の点の3次元座標値の算出を可能にするものであると いえる。
(2) 原告の主張(3)について
ア 原告は,本願発明の「測点」は「基準点」(3次元座標値(地上座標値)をあらかじめ明確にした「点」)ではなく,これから計測しなければならない「点」であるにもかかわらず, 審決は「基準点」と「測点」とを混同している旨主張する。
イ そこで検討するに,上記(1)のとおり,引用発明の「基準点」は,既にその3次元座標値(地上座標値)が測定されている「点」であるところ,本願発明の「測点」は, 顧客が測量対象を的確に把握するために必要と考える測量対象内の点であり,演算処理により「3次元座標値を示す数値情報」が算出されるべき「点」であるから,その内容に照らし, 測点が基準点を兼ねる場合を除き,3次元座標値がいまだ算出されていないものであることは明らかである。そうすると,3次元座標値が既に知られているか否かという観点からは, 引用発明の「基準点」は既知の「点」であり,本願発明の「測点」は未知の「点」であるといえ,したがって,両者は,技術的意義を異にするものというほかない。してみると, 審決は,本願発明の「(複数の)測点」の技術的意義の把握を誤り,これが引用発明の「基準点」,すなわち,「共線条件を設定するために測量対象に設けられた撮影対象点」と 即断したものといわざるを得ない。その結果,原告が主張するとおり,引用発明の「基準点」と本願発明の「測点」とを混同し,これを一致点と誤認したものといわざるを得ない。』
進歩性否定の審決に対する取消訴訟では、原告は、進歩性判断の論理構成の要素である各認定判断に瑕疵がないかどうか検討し、必要な主張をしてゆくこととなる。具体的には
「本願発明の認定の誤り」、「引用発明の認定の誤り」、「本願発明と引用発明との一致点(相違点)の認定の誤り」、「相違点についての認定判断の誤り」等の論理構成要素の
瑕疵の有無を個別に検討してゆく。そして、たとえば本事案のように「本願発明と引用発明との一致点の認定」において一致しないもの(本事案では「測点と基準点」)を一致点で
あると誤認していたとすれば、当該相違点(「測点と基準点」)についての容易想到性の判断が抜け落ちていたこととなり、審決が違法(取消事由あり)となるのである。
本事案では、本願発明における「測点」の意義が争いとなった。審決では「測点」を引用発明の「基準点」に相当するものとして一致点に含めたのに対し、原告は,本願発明の
「測点」は3次元座標値(地上座標値)をあらかじめ明確にした「点」(基準点)ではなく,該「点」(基準点)に基づいて計測しなければならない「点」である旨主張した。
裁判所も原告の主張と同様、『引用発明の「基準点」は,既にその3次元座標値(地上座標値)が測定されている「点」であるところ,本願発明の「測点」は,顧客が測量対象を
的確に把握するために必要と考える測量対象内の点であり,演算処理により「3次元座標値を示す数値情報」が算出されるべき「点」であるから,その内容に照らし,測点が
基準点を兼ねる場合を除き,3次元座標値がいまだ算出されていないものであることは明らかである。そうすると,3次元座標値が既に知られているか否かという観点からは,
引用発明の「基準点」は既知の「点」であり,本願発明の「測点」は未知の「点」であるといえ,したがって,両者は,技術的意義を異にするものというほかない。』とし、
取消事由1を認めた。
特許請求の範囲の記載が一義的に明確なときは原則として発明の詳細な説明を参酌してはならないが(最高裁平成3年3月8日判決「トリグリセリドの測定方法」)、特許請求の
範囲の記載が不明瞭である場合、原則、特許法第70条第2項により発明の詳細な説明の記載等を参酌して解釈されることとなる。本事案の「測点」についても、裁判所は『顧客が
撮影した「測量対象」に存在する点というにとどまり,その技術的意義は必ずしも明確とはいい難い。そこで,以下,発明の詳細な説明の記載を参酌してその技術的意義について
検討する。』とした上で、『基準点を兼ねる場合を除き,3次元座標値がいまだ算出されていないもの』と解釈し、引用発明の「基準点」との相違を認めたのである。
不要な争いを避け、早期の権利化を図るためには、特許請求の範囲の記載はそれ自体で明確となるように記載すべきである。必要であれば明細書中で定義付けをし、不必要に
実施形態等の具体例に限定解釈されないように手当てしておくことも重要である(ただし本事案は不必要に具体例に限定されたものともいえない)。また、発明の詳細な説明中には、
考えられる変形例等の事例を発明の趣旨が呆けてしまわない程度に含ませておき、抽象的な記載が避けられない特許請求の範囲がカバーする権利範囲をできるだけ膨らませるように
考慮すべきである。本事案でも「基準点を兼ねる場合を除き」というように発明の詳細な説明中に記載のある変形例も当然含まれるよう認定されており、権利化後のイ号物件との
対比の際には有利に働くこととなる。
今回の判決の結果、進歩性が認められたわけではない点に注意が必要である。今回の判決で本事案は審判に差し戻され、再度特許庁の審判で一致点(相違点)を認定し直される
(勿論、差し戻し審では今回の裁判所の判断に拘束され、本願発明の「測点」と引用発明の「基準点」は相違するとして認定される)。その結果、同じく拒絶の審決が出される可能性
もあろう。
(文責 森岡)
(2008/01/08)