商標「Shoop」
知財高裁平成19年11月28日判決
(平成19年(行ケ)第10172号審決取消請求事件)
1.事実の概要
2.特許庁の審決での判断
3.当裁判所の判断(類否判断の誤りについて)
4.考察
特許庁審判の判断
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◆「シュープ」の称呼を共通にする類似商標 |
裁判所の判断 |
◆本件商標は、B系ファッションを対象とするブランドというコンセプトの下,セクシーさを趣向するものとして,20代から30代の成熟した女性層やいわゆるクラブにおけるダンス愛好者をターゲットとして,原告による本件商標の使用及び広告宣伝活動が継続された結果,本件商標の出願時及び査定時には,本件商標を構成する「Shoop」の欧文字は,「セクシーなB系ファッションブランド」を想起させるものとして,需要者層を開拓していた |
考 察 |
◆ターゲット層を絞り込んだ確かなコンセプトのもとで商標を選別して使用・育成することにより、潰れにくく確かな権利性を備えたブランドにできる |
原告は,登録第4832063号商標の商標権者であり、本件商標は、「Shoop」で構成され、指定商品を第25類「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装用衣服,運動用特殊衣服,運動用特殊靴」とするものである。平成18年4月10日,指定商品中「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽及びこれらの類似商品」について無効審判(無効2006−89045号事件)が請求され、特許庁は,平成19年4月3日,「登録第4832063号の指定商品中『セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽及びこれらの類似商品』についての登録を無効とする。」との審決(無効審決)をした。そこで、原告(商標権者)が被告(無効審判請求人)に対し、当該審決の取消しを求める訴訟を提起したのが本件裁判である。
本裁判では、審決が引用商標について法4条1項10号所定の「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」に該当すると認定判断した点には誤りはないが,本件商標と引用商標とは類似するとした認定判断には誤りがあるから,この点において審決を取り消すべきとし、原告主張の取消事由2を認めたものである。以下、この類否判断に関して、審決での判断および当裁判所の判断をそれぞれ紹介する。
『 本件商標は、・・・・構成文字に相応して「シュープ」の称呼を生ずるものと判断するのが相当である。これに対し、引用商標は、前記したとおり「シュープ」の文字と併記して本件商標の出願前から前記商品に使用され、取引者、需要者に「シュープ」の称呼をもって、広く知られた商標といえるものである。してみれば、本件商標と引用商標とは、「シュープ」の称呼を共通にする類似の商標といわざるを得ない。』
『 被請求人(原告;商標権者)は、・・・・「引用商標と本件商標は、需要者層が相違すること(「20代〜30代」に対して「少女層」)、本件商標について『B系ファッション』として周知性が獲得されていること、引用商標は『少女層の可愛い系ストリートファッション』を対象としていることの要素を総合的に鑑みれば、本件商標と請求人商標とは、彼此、相紛れるおそれはなく、需要者等に出所の混同を招来させるおそれはない」旨主張する。しかし、本件商標が被請求人(原告;商標権者)により使用されてある程度知られており、被請求人が主張するように商品の需要者層に多少の相違があるとしても、請求人(被告)は、成人層をターゲットとする「CHOOP SPORTIVE」や「CHOOP CLASSIC」商標を有してブランド展開を行っていることが認められ、その需要者層が本件商標の需要者層と共通しており、引用商標が本件商標の出願時には、需要者等において広く知られた商標であり、本件商標と引用商標とは類似の商標であること前記のとおりであるから、本件の前記判断を左右するものではないから、この点に関する被請求人の主張は採用の限りでない。 』
『 以上のことから、本件商標は、請求人の業務に係る商品を表示するものとして取引者、需要者間に広く認識されている引用商標と類似する商標であって、その商品と同一又は類似する商品について使用をするものといわなければならない。したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第10号に違反して登録されたものである』
『 法4条1項10号における商標の類否は,法4条1項11号の場合と同様に,対比される両商標が同一又は類似の商品・役務に使用された場合に,商品・役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであり,誤認混同を生ずるおそれがあるか否かは,そのような商品・役務に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者及び需要者に与える印象,記憶,連想等を考察するとともに,その商品・役務の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に照らし,その商品・役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断すべきものと解される(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照。) 』
『 ア 称呼 本件商標は,「Shoop」の文字を構成とするものであるから,最も自然な「シュープ」の称呼を生ずるものと認められる。他方,引用商標は,・・・・「シュープ」の文字を併記し,また「シュープ」の音声を用いた広告宣伝活動の結果,引用商標から「シュ引用商標は,「CHOOP」の文字を構成とするものであり,自然な称呼は,「チュープ」あるいは「チョープ」であることに照らすならば,確かに,被告が広告宣伝を行ってきた「ティーン世代の少女層向けの可愛いカジュアルファッション」に関心を抱く需要者層に対しては,「シュープ」の称呼を想起させるものといえるがそれ以外の一般消費者に対して「シュープ」の称呼を想起させるものとはいえないというべきである。したがって,引用商標において,「シュープ」の称呼が,あらゆる需要者層において,広く認識されていたとまで認めることはできない。』
『 イ 観念及び外観について 本件商標を構成する「Shoop」の文字部分は,少なくとも,いわゆるブラックミュージックの愛好者の間では,「タメ息の音」を意味する俗語として認識されているが,必ずしも一般的な観念が生じるとまでは認定できず,他方,引用商標の構成中の「CHOOP」の文字部分も,一般的な観念は生じないので,観念における対比をすることができない。本件商標を構成する「Shoop」の文字部分がデザイン化されていることに加え,同文字部分と引用商標の構成中の「CHOOP」の文字部分は,先頭文字が「S」と「C」との点で異なり,前者は後続する「hoop」が小文字で表記されているのに対して,後者は後続する「HOOP」が大文字で表記されている点において異なる点で,本件商標と引用商標はその外観において相違する。』
『 ウ 取引の実情等 (ア)引用商標は,・・・・各事実及び前述の雑誌,新聞等に掲載された広告宣伝,記事等の内容に照らせば,アメリカ生まれの元気なブランド,あるいはおしゃれでキュートなブランドというコンセプトの下,ティーン世代の少女層をターゲットとして,被告による引用商標の使用(被告のライセンシーによる使用を含む。)及び広告宣伝活動が継続された結果,本件商標の出願時及び査定時には,「ティーン世代の少女層向けの可愛いカジュアルファッションブランド」を想起させるものとして,需要者層を開拓していたものと認められる。 (イ)他方,・・・@本件商標は,「Shoop」の文字からなり,「シュープ」との称呼を生じるものであること,A「Shoop」は,少なくとも,いわゆるブラックミュージックの愛好者の間では,「タメ息の音」を意味する俗語として認識されていること,B本件商標は,原告により,アフリカ系アメリカ女性のファッションをコンセプトとして,広告宣伝が行われ,平成8年に発行された雑誌にブラック系専門店などとして紹介され(甲207〜209),平成11年に発行された雑誌に本件商標を用いたB系ファッションを趣向とする女性向け被服及びその直営店の広告が掲載され(甲198),平成15年に発行された雑誌に好きなブランドアンケートの女性部門において第1位であった旨の記事が掲載されたこと(甲210,211)を含め,平成8年及び平成11年から平成18年にかけて発行されたB系ファッション雑誌,新聞に本件商標を用いた被服や本件商標に係るブランドに関する広告,記事が多数掲載されていること(甲102〜144,159〜168,174,176〜184,198,199,207〜212),C原告は,遅くとも平成11年から本件商標の出願時までに,全国に19の直営店を展開し(甲104,114,116,123,125,127,129,130,131,133,134,137,175〜182,198),その後,これを22店舗に拡大したこと,D原告は,平成15年及び平成16年には,雑誌社やアーティストのプロダクションの要請を受け,本件商標に係るブランドの服を取材用衣装として提供したこと(甲139〜146),E平成12年から平成16年にかけて,本件商標を付した大型看板や大型映像広告を渋谷駅や新宿駅に設置し(甲147〜150),東京都内(渋谷〜新宿),名古屋市内(栄〜引山,名古屋駅〜光ヶ丘)及び仙台市内にラッピングバスを走らせ(甲152〜154),音楽イベントを主催し(甲156〜166),音楽専門チャンネルでコマーシャルをし(甲170〜173),携帯電話にモバイルサイトを設置するなど(甲174),B系ファッションを愛好する層が集まる地域やメディアをターゲットとして,積極的な広告宣伝を展開したこと,F本件商標に類似する商標を付した模倣品が流通した際の,警察からの照会先は原告に対してであったこと(甲186〜187)等の事実が認められる。上記各事実及び上述の雑誌,新聞等に掲載された本件商標に関する広告,記事等の内容に照らせば,B系ファッションを対象とするブランドというコンセプトの下,セクシーさを趣向するものとして,20代から30代の成熟した女性層やいわゆるクラブにおけるダンス愛好者をターゲットとして,原告による本件商標の使用及び広告宣伝活動が継続された結果,本件商標の出願時及び査定時には,本件商標を構成する「Shoop」の欧文字は,「セクシーなB系ファッションブランド」を想起させるものとして,需要者層を開拓していたものと認められる。 (ウ)また、引用商標の使用された商品に関心を示す,「ティーン世代の少女層向けの可愛いカジュアルファッション」を好む需要者層と,本件商標の使用された商品に関心を示す,いわゆる「セクシーなB系ファッション」を好む需要者層とは,被服の趣向(好み,テイスト)や動機(着用目的,着用場所等)において相違することが認められる。』
『 エ 商品の出所のについての誤認混同のおそれ ・・・結局,被告が広告宣伝を行ってきた需要者層(「ティーン世代の少女層向けの可愛いカジュアルファッション」に関心を抱く需要者層)以外の消費者については,引用商標から「シュープ」の称呼が生じると認識することはなく,上記認定した取引の実情等を総合すれば称呼を共通にすることによる混同は生じないということができる。その他,本件商標と引用商標とは,観念においては対比できないものの,外観においては相違する。そうすると,本件商標は,その指定商品中「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽及びこれらの類似商品」に使用された場合,引用商標とは異なる印象,記憶,連想等を需要者に与えるものと認められ商品の出所につき誤認混同を生じるおそれはないというべきである。』
『 被告は,本件商標と引用商標とが「シュープ」の称呼を共通とすることを前提として,一般消費者は,常にブランドを意識して決まった方法で被服等を購入するものではなくたまたま通りすがりに購入したり,買う予定のない商品をバーゲンやタイムサービスの呼び声につられて店頭に立ち寄って購入したりすることもあるから,本件商標が付された商品に接した需要者は,これを「シュープ」の称呼で認識していた商品と誤認したり,引用商標のファミリーブランドと混同したりして,購入することも考えられる旨主張する。しかし,・・・・引用商標から「シュープ」の称呼が生じる旨認識している需要者は,被告が広告宣伝を行ってきた「ティーン世代の少女層向けの可愛いカジュアルファッション」に関心を抱く需要者層であって,それ以外の一般消費者が,引用商標から「シュープ」の称呼が生じる旨認識することは通常考えられない。したがって,被告の主張は採用することができない。』
『 被告は,趣向性等は将来変動する可能性が大きいのであるから,これを取引の実情として商標の類否判断において重視すべきではないと主張する。しかし,本件商標から生じる称呼と引用商標から生じる自然な称呼とは異なるものであって,引用商標は,継続的使用及び広告宣伝の結果,特定の需要者に対して,「シュープ」との称呼を生ずるものとして,認識されるに至ったのであるから,両商標の類否に当たり取引の実情を考慮することは当然に許されるというべきである。』
『 被告は,引用商標に類似した商標として,「CHOOPSPORTIVE」及び「CHOOPCLASSIC」の各標章を被服類に使用しており(乙8〜17),その需要者層が本件商標を付した商品の需要者層と共通するなどと主張する。しかし,・・・本件商標は,その指定商品中「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽及びこれらの類似商品」に使用された場合,引用商標とは異なる印象,記憶,連想等を取引者,需要者に与えるものと認められ,その結果,出所に混同を来すことはないというべきであって,特定の商品の需要者層が共通する場合があることによって,かかる認定判断が左右されるものではない。被告の主張は採用することができない。』
裁判所は、『「ティーン世代の少女層向けの可愛いカジュアルファッション」を好む需要者層と,・・・・いわゆる「セクシーなB系ファッション」を好む需要者層とは,被服の趣向(好み,テイスト)や動機(着用目的,着用場所等)において相違する』と判断するとともに、『被告が広告宣伝を行ってきた需要者層(「ティーン世代の少女層向けの可愛いカジュアルファッション」に関心を抱く需要者層)以外の消費者については,引用商標から「シュープ」の称呼が生じると認識することはなく,・・・・称呼を共通にすることによる混同は生じないということができる。その他,本件商標と引用商標とは,観念においては対比できないものの,外観においては相違する。そうすると,本件商標は,その指定商品中「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽及びこれらの類似商品」に使用された場合,引用商標とは異なる印象,記憶,連想等を需要者に与えるものと認められ商品の出所につき誤認混同を生じるおそれはないというべきである。』と判断した。
類否判断要素の一つである「称呼」については、引用商標が周知商標であり、通例と異なる称呼が生じているために取引の経験則からすれば非類似の商標でも類似であるとするのが相当である場合にはその範囲内(需要者層)において類似範囲は拡大される。本事案においても、裁判所は、引用商標の自然な称呼は「チュープ」あるいは「チョープ」であるが、被告が広告宣伝を行ってきた「ティーン世代の少女層向けの可愛いカジュアルファッション」に関心を抱く需要者層に対しては,「シュープ」の称呼を想起させるものとして類似するとしている。そして、その上で本件商標を「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽及びこれらの類似商品」に使用したとしても,『引用商標とは異なる印象,記憶,連想等を需要者に与えるものと認められ』るとして、その結果,出所の誤認混同を生じるおそれもなく、非類似であると判断したのである。
商標の類否判断は、取引者や需要者を基準に、外観・観念・称呼のいずれかが類似しているか否かで判断するのが原則であるが、裁判においては、取引の実情における出所混同のおそれをより重視する傾向にあり、外観・観念・称呼のいずれかが類似していても、取引の実情や商標の著名、周知性などから判断して出所につき誤認混同を生ずるおそれがないときには非類似と判断される。本事案においても、最高裁昭和39年(行ツ)第110号の判決を引用し、取引の実情における出所混同のおそれの有無の観点から、称呼が類似する商標について結果的に非類似と判断した。
また、本事案の審判段階では、被告が成人層をターゲットとする「CHOOP SPORTIVE」や「CHOOP CLASSIC」商標を有してブランド展開を行っており、その需要者層が本件商標の需要者層と共通するとして類似するとされたが、裁判所は、『本件商標は、・・・・引用商標とは・・・・出所に混同を来すことはないというべきであって,特定の商品の需要者層が共通する場合があることによって,かかる認定判断が左右されるものではない』とした。裁判所は,本件商標について、『B系ファッションを対象とするブランドというコンセプトの下,セクシーさを趣向するものとして,20代から30代の成熟した女性層やいわゆるクラブにおけるダンス愛好者をターゲットとして,原告による本件商標の使用及び広告宣伝活動が継続された結果,本件商標の出願時及び査定時には,本件商標を構成する「Shoop」の欧文字は,「セクシーなB系ファッションブランド」を想起させるものとして,需要者層を開拓していたものと認められる。』と認定しており、本件商標がこのような確固たる出所表示機能を有しているとの事実認定があるからこそ、『引用商標とは異なる印象,記憶,連想等を需要者に与えるものと認められ商品の出所につき誤認混同を生じるおそれはない』との判断をゆるぎないものとしたものと思われる。
今回の裁判事案からも分かるように、商標をただ闇雲に自社商品・サービスに使用するのではなく、ターゲット層を絞り込んだ確かなコンセプトのもとで商標を選別して使用・育成することにより、潰れにくく、より確かな権利性を備えるブランドとすることができる。
(文責 森岡)